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国民食「フェンカータ」に秘められた抵抗と歴史

マルタ料理】絶対食べるべき!マルタ料理9選!

 

歴史と背景:抵抗の象徴としてのウサギ料理

 

フェンカータの歴史は、マルタの複雑な歴史的背景、特に聖ヨハネ騎士団による支配と密接に結びついています。

  1. ウサギの導入と古代からの利用: ウサギがマルタに持ち込まれたのは非常に古く、紀元前3600年頃、フェニキア人がイベリア半島から持ち込んだとされています。彼らは地中海貿易の途中で立ち寄るマルタで新鮮な肉を確保する手段としてウサギを利用しました。ローマ時代には、ウサギ肉の摂取が美しさを増すと信じられていたという記録もあります。

  2. 騎士団による狩猟の制限と抵抗の象徴: フェンカータがマルタの国民食として、また文化的な象徴として確立される上で最も重要な時期は、16世紀から18世紀にかけての聖ヨハネ騎士団マルタ騎士団)による支配時代です。騎士団は、自らの狩猟権益を保護するため、ウサギの狩猟を厳しく制限しました。これは、当時のマルタの農民や庶民にとって、貴重なタンパク源であり、また作物に被害を与えるウサギの個体数を抑制する手段でもあったため、大きな不満を引き起こしました。

    ウサギの乱獲禁止は、庶民の食生活を圧迫するだけでなく、飢餓に苦しむ人々にとって深刻な問題となりました。このため、ウサギを密猟し、それを食すことは、騎士団の権威に対する「抵抗の象徴」としての意味合いを持つようになりました。1773年には、ウサギの制限が原因で「聖職者たちの反乱(Rising of the Priests)」と呼ばれる暴動が起こるほどでした。

  3. 国民食としての定着: 18世紀後半にウサギ狩りの制限が緩和され始めると、ウサギ肉は庶民にも手の届く食材となり、その消費が一気に拡大します。この時期に、現在のフェンカータの原型となるウサギのシチューが広く食されるようになり、マルタの国民食としての地位を確立していきました。特に、毎年6月29日に祝われる聖ペテロと聖パウロの祝祭「ムナリア(L-Imnarja)」では、ウサギ料理がメインディッシュとして提供されるのが伝統となり、その文化的意義を一層深めました。この祭りは、古代ローマ時代の異教の祭りからキリスト教化されたもので、ウサギ肉の摂取が許される日として、農民にとって特別な意味を持っていました。

 

料理の構成と特徴

 

「フェンカータ」は、主に以下の2つのスタイルで提供されます。

  1. スツファット・タル・フェネック(Stuffat tal-Fenek): これが最も一般的で、マルタの国民料理とされるウサギのシチューです。ウサギ肉を赤ワイン、ニンニク、ベイリーフ、ハーブ、タマネギ、トマト、ニンジンなどとともに長時間煮込み、肉が骨からホロホロと外れるほど柔らかく仕上げます。濃厚で風味豊かなソースが特徴で、パスタ(特にスパゲッティ)と合わせることもあれば、フライドポテトやパンと共に供されることもあります。

  2. フェネック・モクリ(Fenek Moqli): ウサギ肉をオリーブオイルで揚げ焼きにしたものです。こちらも人気があり、シンプルながらウサギ肉本来の旨味をダイレクトに味わえます。

これらの料理は、家族や友人との賑やかな集まり、つまり「フェンカータ」という宴会そのものの中心となることが多く、単なる食事以上の共同体的な意味合いを持っています。

 

現代におけるフェンカータの意義

 

今日でもフェンカータは、マルタの人々にとって郷愁を誘う「ソウルフード」であり、祝祭や特別な日の食卓を飾るだけでなく、多くのレストランで提供される定番メニューです。また、観光客にとってもマルタの豊かな歴史と食文化を体験する上で欠かせない料理となっています。

かつては抵抗の象徴であったウサギ肉が、今やマルタのアイデンティティの一部として深く根付いていることは、食文化が社会や歴史と如何に密接に関わっているかを示す好例と言えるでしょう。その一口には、マルタの苦難の歴史、そしてそれを乗り越えてきた人々の精神が凝縮されています。